慶應法学部小論文

2016 慶應法学部小論文 書き方や解答例、論証のポイントを解説!

ancient tibetan monastery located on mountain slope in wild valley

2016 慶應法学部小論文 
書き方や解答例、
論証のポイントを解説!

2016年の慶應法学部小論文のテーマはアーノルド・トインビーによる『歴史の研究』世界文明でしたね。

トインビーは、世界を「文明」という枠組みで歴史を認識する必要性を説いた20世紀のイギリスの歴史学者です。彼の研究は、現在の国際政治学でも『文明の衝突?』サミュエル・ハンチントンなどに大きく影響を及ぼしています。

今回の小論文では、彼の議論をきちんと踏まえた上で、「世界文明は来るのか来ないのか」それを具体例を用いて論じる必要があります。

そのためには、西洋化とは何を意味するのか、世界文明とは何かといった広範な知識と読解力が試されます。

今回の記事では誰でもわかりやすく、2016年慶應法学部小論文の内容を理解できるよう解説しました。それではいきましょう!

設問の解説

次の文章を読んで、トインビーの文明観とその根拠を400字程度でまとめ、世界文明は「来ようとしている」という指摘について、世界で今起きている具体例に触れつつ自分の意見を述べなさい

慶應法学部小論文 2016年 

設問から、今回の小論文においては「世界文明」は来ようとしているという主張が課題文においてなされているとわかります。

2016年においては、トインビーの「世界文明は来ようとしている」という主張について、彼の文明観を踏まえながら、なぜそのような文明観を持っているのか、という根拠について述べる必要があります。

そして解答では、あなたは「世界文明は来ようとしているのか否か」について、具体的な現在の事例を吟味する必要があります。

解答に、必須の項目は以下です。

答えなければならないメインの問
世界文明は「来ようとしている」としているという
指摘に対して意見する
→あなたは世界文明は「来ようとしている」のか「来ないのではないか」と考えるのか意見する。

解答に含めなければならない内容
・トインビーの文明観とその根拠
・世界で今起きている具体例

論点の解説

今回の論点は、明確です。ズバリ

「世界文明は、くるのか来ないのか」です。

これを理解する上では、まず、筆者のトインビー先生がなぜ、「世界文明はくる!」と主張しているのかを理解しなければなりません。

トインビーの文明観

彼が「世界文明はくる!」と主張している背景には、彼の文明観があります。

彼の文明観とは「歴史をどのように解釈するのか」という問題に対して、「西洋文明」だけが文明ではなく、他にも同等の価値を持った文明があるんだ!と主張している点が特徴的です。

西洋の他にも文明があるなんて当たり前じゃん??と思うかもしれません。

しかし、本文には「多くの人が西洋文明が圧倒的優位であり、この優位が永続的なものであると想定している」と書いてあります。

つまり、みんな西洋文明こそが文明だと思っているわけです。

果たして西洋文明とはなんでしょうか?

西洋化とは

西洋化とは、西洋文明の理想や思想、技術や制度が他の諸文明地域においても取り入れられていくことを意味します。

では具体的に西洋文明の理想や思想、技術、制度とはなんでしょうか。

まず、西洋文明における理想や思想とは、近代思想を意味します。

近代思想とは、自由主義を重んじ、個人の権利を最大限認める立場を指します。それは人権と言い換えることもできます。

このような人権を最大限尊重するための制度が近代立憲主義思想であり、民主主義制度です。

また、近代社会を象徴する出来事が産業化であり、資本主義化です。

少し難しいかもしれませんが、現代の社会を形作っている制度や特徴とは民主主義や資本主義を指し、それらは西洋から輸入された価値や制度です。このような社会を西欧文明といいます。

今の日本社会で暮らしていて、あまりにも当たり前に馴染んでいるこれらの価値観が西洋化だ!と言われたら、確かに社会は西洋化している、、といいたくなりますよね。

近代化や西欧化に関して理解を深めたい方はこちらの記事をご覧ください。

https://aofile.net/modernisation/

西洋文明の衰退

トインビーは、以上のような当たり前の価値観だと思われた西洋文明が、以下の3つの理由で衰退していくと主張しています。

①ナショナリズムの行き詰まり

ナショナリズムとは、日本語にすると「民族主義」や「国家主義」を意味する言葉で、主にフランス革命を通じて広がり、19世紀にかけて世界に広がった「国民が一つの主権のもとで統合された国家を形成すべきである」という考え方を指します。

しかし、現在の社会を見てみればグローバル化の波にとって、移民が押し寄せ「民族としての国家」という意味合いが薄れています。

②テクノロジーの伝播性

西洋が普遍的であると言われたのは、産業化における圧倒的技術力があったおかげです。19世紀においてこれほどの技術力をもっていたのはヨーロッパ以外にありませんでした。

しかし、現代社会において、テクノロジーは真似し、真似されるものへと変わっていきました。車を作る技術は日本が一番で、大量生産をするのは中国の仕事です。以前のように技術力をもって西洋が世界を斡旋するという時代は終わったのではないか、ということです。

③「勝利の陶酔」という歴史の規則性

これは歴史のお話です。

それぞれ各時代において、主導的な国、または地域などを「覇権国家」と呼びます。

現在はアメリカで、その前はイギリス、その前はスペイン、オランダ、ポルトガル、というようにそれは移り変わっていくものです。

このように覇権国が移り変わることを、勝者の精神的弛緩であるとトインビーは述べます。それを「勝利の陶酔」であるとして、それは西洋文明さえも例外ではないと主張しているのです。

世界文明とは

では、筆者のトインビーは世界文明として何を指しているのでしょうか。

本文にはこうあります。

世界文明とは、「西洋の枠組みのなか」で「西洋の基盤のうえ」で、西洋以外の諸文明が大きな地位を占め、それらが同化していくことだ。西洋文明が非西洋文明にやがて主導権をとられ、西洋文明が学ぶ時代が来るのである

つまり、これまで覇権的地位にあった西洋文明が、ナショナリズムの行き詰まり、テクノロジーの伝播性、勝利の陶酔によって衰退します。

その結果、他の地域の文明が台頭し、それらが混ざり合い、新たな文明である「世界文明」ができていくと主張しているのです。

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論証のポイント

論証のポイントとしては2点あります。

①西洋文明は衰退しているのか

②世界文明は来るのか

ということです。

①西洋文明は衰退しているのか

そもそもとして、世界文明は来るのか、という問に対して答えるにあたり、「西洋文明が衰退している」という前提があります。つまりは、西洋文明を代表する、資本主義社会や民主主義といったイデオロギーが変化しているのかどうかを吟味する必要があります。

②世界文明は来るのか

世界文明がくるのかどうか、は西洋文明の衰退とは別のお話です。

西洋文明が衰退していったとしても、それに変わる新しい文明は台頭してこないかもしれません。

この二つをごちゃ混ぜにして考えてしまうと論証がうまくできなくなってしまうので注意してください。

具体例の紹介

アラブの春

アラブの春」とは,2011年初頭から中東・北アフリカ地域の各国で本格化した一連の民主化運動のことです。この大変動によって,チュニジアやエジプト,リビアでは政権が交代し,その他の国でも政府が民主化デモ側の要求を受け入れることになりました。

外務省HP

このアラブの春の事例は、世界で「民主化が進んだ」という主張をする上で、有効です。その意味では、西洋文明は衰退していない、と論証することが可能かもしません。

他方で、2011年に盛り上がったアラブの春ですが、これ以降アラブ地域において民主主義体制が適切に機能したかというと疑問に思うところです。

アラブの春でアラブ諸国では一時期民主化が進みましたが、チュニジアが唯一の民主化成功例ですが、エジプトでは民主化は進まず、リビアは内戦へと突入しました。そうなったときに、民主化は成功したとは言えないかもしれません。

これは西欧文明の優位性を否定するには十分な根拠でしょう。

アラブの春の理解を深めたい方はこちらの記事がおすすめです。

https://diamond.jp/articles/-/124765

民主主義の機能不全

昨今、民主主義の機能不全「デモクラティックリセッション(民主主義の後退)」が声高に叫ばれています。

例えば、イギリスのEU離脱やフランスでの極右政党台頭、アメリカでのトランプ大統領の就任は、「ポピュリズム」という政治現象があります。

これは大衆迎合主義と訳されますが、ポストトゥルースなどと相まって、国民が適切な政治判断ができないという「民主主義の機能不全」を示します。

また、2020年における新型コロナウイルスによって、厳しい国家による統制によりコロナウイルスの蔓延を抑止した中国は権威主義体制の勝利を喧伝しています。このことは、国際社会における民主主義のイデオロギーとしての価値の低下を意味します。

世界で最も感染抑止を果たした台湾は民主主義国家ですが、個人の権利を一定程度制限する形で、感染抑止を成し遂げていることからも、西洋化だけではない新たなイデオロギーが発生していくかもしれません。

これはまさにトインビーのいうところの「世界文明」でしょう。

解答例

トインビーは、西洋文明が非西洋文明にやがて主導権を奪われると主張する。その上で、やがて西洋文明が非西洋の諸文明を学ばされるに到り、相互の学び合いから世界文明が来ようとしていると述べる。多くの人は西洋文明の優位が永続的なものであると想定しているが、そもそも西洋は世界ではなく、数ある文明の一つだ。非西洋の諸文明が、西洋文明の理想や思想、技術や制度を受け入れているにすぎないのである。

トインビーが西洋文明の優位が永続しないとする理由は、西洋優位を支えていたナショナリズムが行き詰まりを見せており、近代テクノロジーが非西洋に伝播可能であるとするからである。さらに、歴史的に見れば主導的な国または地域は、「勝利の陶酔」と呼ぶ規則性によって移行していくため、西洋文明も例外ではないと主張する。したがって、西洋文明がそのまま世界文明となるのではなく、西洋文明は衰退し、それを基盤として、世界文明は非西洋の側に徐々に主導権が移るのである。

確かに、西洋文明における優位は、西洋における民主主義の衰退に見られるように確かなものではなくなっているだろう。また、テクノロジーの発展はむしろ、権威主義体制に見られる国家による統制を助長させている。これらの現状は西洋の思想や理想を脅かし、それらに変わる新たな価値を世界に示している。

そもそも西洋化、の意味する思想や制度とは、産業化や近代化、民主主義体制や資本主義を指すだろう。これらの価値観は、特に冷戦という資本主義、自由主義と社会主義、共産主義というイデオロギー闘争において、西側諸国の勝利によって正当化された。冷戦の終結は、民主主義といったイデオロギーが普遍的なものであることを示し、実際にその後アラブの春に見られるように世界では民主化が進んだ。

その一方、現代の西欧諸国においては、例えば極右政党といったポピュリスト政党の台頭が民主主義の機能不全をあらわにしている。また、新型コロナウイルスの対応では、権威主義体制下の中国が、プライバシー権などを一定程度制限することで抑制に成功したと喧伝している。これらの事象は、普遍的と思われた民主主義という西欧の価値が揺らいでいる証拠である。その一方で、新型コロナウイルスの対応で最もうまくいったとされる台湾は、民主主義体制も採用しながらも、統制に力を入れている。このような事例は、西洋化でもない新たな世界文明を示す事例であろう。

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