今回は2011年、慶應法学部小論文「実定法を超えた抵抗権」をわかりやすく解説していきたいと思います。今回の小論文では、抵抗権の概念として「超実定的抵抗権」と「合法的抵抗権」の2つが紹介されており、それらの違いを明らかにした上で具体例を持って論証することが求められました。
しかし、高校生が解くにあたっては、「実定法」「法実証主義」「抵抗権」といった難解で複雑な意味を持つ言葉が頻出し、かなり難易度がが高いです。慶應法学部の小論文はとても難解で、法学的知識と素養が多く求められます。本記事では、誰でも慶應法学部小論文2011年の内容が理解でき、小論文がかけるようにわかりやすく丁寧に解説をしていきます。この内容を理解することで、他の年の小論文や、本番でも圧倒的に力がつくので是非ともしっかりと学んで行ってください!
設問解説
今回の設問では「筆者の抵抗権についての捉え方を整理」した上で、「実定法を超えた抵抗権」について具体的に論じることが求められています。
したがって、小論文を書く際に必ず含めなければならない内容として、
①筆者の抵抗権についての捉え方を明らかにする
②実定法を超えた抵抗権とは何かについて明らかにする
③実定法を超えた抵抗権について具体例を用いて論じることです。
では、筆者の抵抗権についての捉え方とはどのようなもので、実定法を超えた抵抗権とはなんなのでしょうか?
内容解説
①抵抗権の捉え方を明らかにする②実定法を超えた抵抗権とは何かを論述するためには、そもそも、実定法と自然法の概念、法実証主義と悪法問題への理解が必要です。まずはそちらの解説を行った上で、実定法を超えた抵抗権についての解説を行っていきます。
実定法と自然法の違い
実定法を超えた抵抗権について理解するためには、「実定法」とは何かを知る必要があります。
実定法とは”人為により定立された法又は特定の社会内で実効的に行われている法のこと”を指します。
また、それに対立する概念である自然法は”人間や事物の本性を基礎とする法です。
自然法においては、本来人のあるべき姿、に焦点をおき、人の倫理規範に焦点を置くもの“です。
言い換えると人が生まれながらにして持っている権利であったり、あるべきものとして、道徳的観念に基づいて自然に備わっている法律”を指します。
自然法と実定法の違いに関しては、詳しくは以下のリンクを参照するとわかりやすいです。https://www.nesteq.net/shizenhou/
そして、本論の中で言及のある「法実証主義」とは【実定法】のみを法律と捉える考え方を指します。
例えば、「人を殺してはいけない」という法律があった場合に、実定法の立場に立った場合には、なぜ人を殺してはいけないかという答えとして「法律だから」という答えになります。
国家によって定められた法だからこそ人は守らねばならないのであり、人はこれを破れば刑罰が課せられるからこそ法を守るという解釈になります。
一方、自然法の概念に従った場合には、なぜ人を殺してはいけないかというと、「人を殺すことは、人が本来生まれながらにして持っている権利(自然権)を侵害するからであり、倫理的によくない(罪の意識)になるから」こそ殺してはいけないということになります。逆を返せば、人を殺すことが、自然権に反していない(倫理的に問題ない)のであればそれを肯定することもできてしまいます。
法実証主義とは
従って、法実証主義の立場においては、国家が定める一定の立法手続を経て制定される法、および裁判所により現実に適用されている規範のみを法とみなすため、本質的にその法律が果たすべき役割は何か、という議論を行うことはありません。
つまり、法実証主義に立つのであれば、「法律は法律だから正しい」という見解となるのです。それがなぜ正しいのかというと、倫理的な理由は必要なく、国家が定めたという信頼性によって担保されるとします。これが法実証主義の立場です。
実定法を超えた抵抗権とは何か
上記の議論から、実定法を超える抵抗権とは、既存の法律を超えた抵抗権である、と理解できます。
え、それってつまり、法を破った上で行われる抵抗ということ????
はい。その通りです。
超実定的抵抗権とは、「実定された法律」を超えた、抵抗権、つまり、「法範囲を超えた、法的に禁じられている行為でさえ、自由に抵抗権が認められる」という考え方を指します。
だからこそ本論の後半において、「現在の超実定的抵抗権を行使する場合には、国家権力により、負けてしまう(処罰される)」と記述があります。抵抗権を行使した結果、法律を違反して、処罰されてしまうわけです。
そんなの当たり前ですよね。しかし筆者は、ある特定の場合、特に「良心に従って」「不当な国家権力」に対して抵抗する場合には「超実定的抵抗権」が必要である、と述べています。どういうことでしょうか。
法律とはなんのためにあるのか。悪法問題を理解する
・法律の役割とは何か
超実定的抵抗権の必要性を考えるには、「法律とは何か、なんのためにあるのか」という問に答える必要があります。
そもそも法律とは、国家による国民に対するルールであり、社会秩序を守り、国民の生活を豊かにするためのものである、というように説明されます。
これはもっと言い換えれば、社会における「正義」を実現するために法律はある、というものです。
これは先の事例のように、自然法的な、人とはこうあるべき、という「正義」に基づいて法はあるべきであるはずです。課題小論文の2段落目には、「中世法思想の発送において、法のはたす機能とは臣民を良心的に義務付けることである」と記述されています。つまり、法律によって世の中の「正義」を示すことこそが法の持つ役割であるとされたわけです。
・悪法問題とは
しかし、世の中には「正義」に反した法律があります。法律なのに正義に反するってどういうこと?と思われるかもしれません。これは具体例をあげると歴史的に悪法は多くあります。例えば
・ニュンベルク法(1935年 ナチスドイツで制定されたユダヤ人の公民権を奪う人種差別法)
参考URL:世界史の窓 https://www.y-history.net/appendix/wh1504-082_1.html
・アパルトヘイト法(1948年 南アフリカで制定された黒人に対する人種隔離政策)
参考URL:世界史の窓 https://www.y-history.net/appendix/wh1703-084.html
・治安維持法(1925年日本で制定された共産党や自由主義者などを弾圧し、表現の自由などを封じた法律)
参考URL:世界史の窓 https://www.y-history.net/appendix/wh1503-017.html
例えば、ニュンベルク法に関して解説を加えると、1935年にナチスドイツによって制定された「帝国市民法」及び「ドイツ人の血と名誉を守るための法律」の総称をニュンベルク法と言います。
この法律が皮切りにユダヤ人大量虐殺を行ったホロコーストにまでつながっていきます。これらの法律は、ドイツにおけるドイツ人以外の市民(主にユダヤ人、ロマなども含む)の公民権を剥奪し、人種隔離による差別政策を行いました。(例えば選挙権の剥奪であったり、ドイツ人との結婚を禁止)
確かにナチスドイツが行ったユダヤ人迫害はよくないことだと思うけれど、それって昔のことだから関係ないんじゃないの?と思うかもしれません。
しかし、このナチスドイツのヒトラーは、軍事的な革命などによって政権を取ったわけではなく民主的選挙によって政権を担い、議会の同意によりニュンベルク法を制定しているわけです。これは、現代民主制においても、立法における適切な手順を踏めば、悪法となり得る法律が成立しうる可能性を指し示します。例えば、2017年に制定された共謀罪は、人々の思想良心の自由に反するのではないか、と大きく議論に上がりました。
今考えれば「ユダヤ人を迫害するなんておかしい!」と正義に反していることがわかりますが、その当時、適切な法的手順を経て承認された法律(実定法)を否定する術はなかったわけです。このような事例から考えれば、法律だから(実定法)という理由だけで法律を信じることは危険な行為であるということが理解できるはずです。
だからこそ筆者は、「良心に基づいた抵抗権」の必要性を問うているわけです。
法律に抵抗する権利とは(超実定的抵抗権とは何か)
上記のような、ニュンベルク法や、アパルトヘイト法、治安維持法などは、人為による手続きを経て成立した法律でした。他方で、それは「良心に基づいた法律」ではない点が問題であると述べました。このような悪法、に関しては、人民の良心や国家権力の暴走を防ぐためにも是正していく必要があります。しかし、現在の法治国家において、法律を守らなければ捕まってしまいます。では、このような法に対して、人民はどのように抵抗していけば良いのでしょうか?課題文には、その方法として二つの抵抗権の種類があることを紹介していましたね。
・合法的抵抗権と超実定的抵抗権
人々が、法律などの国家権力や、民事的な事例などにおいても、人々が不当な(正義に反する)事実に対して抵抗することは「抵抗権」という、抵抗する「権利」として人々に認められています。しかし、それが「合法的」に認められている場合と、そうではない場合がるのです。合法的に認められている場合は、合法的抵抗権、そうでない場合は超実定的抵抗権と捉えられます。
この二つの抵抗権の違いに関しては、課題文の7段落目にの「争議権」に関する議論にて紹介がありました。
争議権とは、労働基本法に認められている、労働者が、労働条件の改善などを行うために、雇用主に対して、例えばストライキや交渉などを行うことを認める権利です。簡単に言えば、労働者が、自身の時給をあげて欲しかったり、休日を増やして欲しい場合などに、ストライキなどの手法を使って雇用主に交渉することを認める権利を指します。このように、ストライキをすることは労働者の権利として日本では認められています。これは労働者が、過酷な労働条件などで酷使されないために、実定かされているれっきとした権利です。したがって、労働者が雇用主に労働条件の改善を求めてストライキすることは、「合法的抵抗権」として捉えられるわけです。
他方で、発展途上国などでは、このような労働基本法が整って場合も多く、争議権が権利として認められてはいません。このように争議権が認められていない国々で、労働者がストライキを行った場合には、それを理由に雇用主から不当に解雇されたとしても守ってもらえないということです。しかし、本来的には彼らを守るため(良心に基づけば)適切な労働条件を求めて抵抗することは認められなければならないはずです。このような場合には、争議権は、この国では認められていないものの、抵抗をする、という状態が「超実定的抵抗権」の行使と捉えられるのです。
このように世の中には、抵抗権の中にも、「認められているもの」「認められていないもの」があることがわかりました。そして、例え現在認められていなかったとしても(違法であったとしても)超実定的抵抗権の意義と重要性は失われてはならないのです。
論証
実定法を超えた抵抗権の具体例
ここまでで、「実定法を超えた抵抗権」とは何を意味するのかについて解説していきました。
その上で実定法を超えた抵抗権(超実定的抵抗権)とはどのような具体例が挙げられるのでしょうか。最もイメージしやすいのは「革命」の類の歴史的事象でしょう。
特に革命の中でも最も有名なには1789年におきたフランス革命です。
フランス革命は、王が絶対的な権力を持ち、国を支配していた封建制を、「自由・平等・博愛」といったイデオロギーの元で、民衆の力によってその体制を打倒し、新たな近代国家を築きました。これはまさに、自由や平等といった自然的正義が蔑ろにされていた時代において、正義に基づいて、その当時彼らには抵抗権は合法的に認められていなかったものの行使したという意味で良い事例です。他にも革命の類では同じように論証ができる歴史的事例は多くあります。
フランス革命についてもっと詳しく知りたい方にはこの記事がおすすめです。
参考URL:5分でわかるフランス革命 https://honcierge.jp/articles/shelf_story/4564
現代においても、認められていなかったとしても、超実定的抵抗権が認められていなかったとしても、具体例として、中国で民主化運動を率いた08憲章なども挙げられるでしょう。
実定法を超えた抵抗権の必要性
最後に、実定法を超えた抵抗権の必要性について述べようと思います。
筆者は、合法的抵抗権の範囲外となる超実定的抵抗権が認められる必要性として
>いかなる民主政治体制においても、どんなに抵抗権が実定化されていたとしても、完璧な制度なんてものはないからこそ、その可能性と意義は認められるべき
と主張しています。このことは、今はわからなくても、歴史が示す通り、今ある善は移り変わるという前提を理解しなければならないということです。
例えば、古代ギリシャにおいて、生まれた子供を養育できない場合には、幼児を山に捨てても良いという「嬰児殺し」という慣習がはほぼ全ての都市国家で認められていました。教養があり、文明的なアテナイの人々や学者ですらその危うさに気づいていなかったといわれています。
近代においても、英国の性犯罪法は同性愛を1967年まで禁止していました。LGBTの人々はイギリスにおいて、つい50年やそこら前まで”犯罪”であったわけです。これらの事例から、「正しいこと」を全て権利として付与することは根本的に不可能だということがわかります。だからこそ、超実定的抵抗権が完全に禁止された世の中では、社会が発展しないという前提を法哲学は認知しなければならないのではないでしょうか。
まとめ
ここまで、慶應法学部、2011年小論文「実定法を超えた抵抗権」について解説をしてきました。慶應の小論文は、その内容をしっかりと理解すれば、法学の知識が着実に高まっていきます。だからこそ、ただの書く練習だけではなく、しっかりと理解して、自分の身にする手助けができていれば嬉しいです。慶應法学部小論文の別年度の解説もしているので、ぜひそちらもチェックしてみてください!
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