近代化とは?高校生にもわかりやすく解説

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近代化とは

近代化とは

近代化とは、社会を近代的な状態に変えることであるとされます。しかし、近代になってきたって言っても、近代って何??ってなりますよね。

具体的に社会が近代になるとはどのような状態を指すのでしょうか。

一般的に、近代化とは、産業化と近しい意味で使われることが多いです。

しかし、実際には、社会が近代化するとは、様々な意味合いを持ちます。

広辞苑には以下のようにあります。

近代的な状態への移行とそれに伴う変化。産業化・資本主義化・合理化・民主化など、捉える側面により多様な観点が存在する。

広辞苑

つまり、近代化の象徴とされる出来事は以下のようなものです。

・産業化
→農業社会が工業生産が主な社会に移行すること

・資本主義化
→資本主義による経済システムが確立されること

・合理化
新しい技術・設備の導入などの機械化などによって効率されること

・民主化
→民主主義制度が社会に根付いていくこと

つまり、「社会が近代化する」という言葉が意味するのは、産業化/資本主義化/合理化/民主化と言った要素が社会に確立されていくことといえそうです。

これらに加え、都市化や、国民の政治参加識字率の向上なども近代化の特徴とする場合もあります。このような物質的な変化に加え、国民が自由や平等、民主化といった個人主義、自由主義、民主主義という精神的なイデオロギーの変化を精神的な変化として捉える論者もいます。

これまでの通り近代とは、様々な特徴を持っているわけです。だからこそ、近代化、と一口に行っても意味合いがそれぞれの文脈で異なる場合があります。

一般的には、近代化とは、農業中心社会から工業中心の社会への変化という”産業化”を意味することが多いです。産業化は、これまでの君主による統治であった封建社会から、資本主義社会という資本家が利潤を追求する経済システムへの移行を促しました。産業化による封建社会から資本主義社会体制への移行という特徴を、近代化と呼びます。

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近代化っていつからのこと?近代とは

近代化とは、つまり「近代」になる、ということです。

近代化とは、産業化を成し遂げ封建社会から資本主義社会から移行するプロセスを指しました。つまり、このような特徴を持った社会にいつ移行したのか、が近代化のタイミングとなります。

そもそも近代とは、歴史区分のなかの一つです。歴史区分とは歴史の流れを各時代の特徴によって区別する歴史研究で使われるものです。

一般的に歴史の時代区分は以下のような分けられます

古代→中世→近世→近代→(近現代)→現代

近代は第二次世界大戦までとすることが多いですのです。では、近代化ら近世へと移り変わるのはいつのタイミングなのでしょうか。ヨーロッパと日本では、近代化を成し遂げたタイミングが異なります。

ヨーロッパの近代化はいつから?

ヨーロッパにおける近代化を、産業化に焦点を当て、資本主義の確立したタイミングとして考えるのであれば、18世紀中頃から19世紀初頭でありましょう。特に1760年〜1840年頃までを指します。

この時代は、イギリスの産業革命によって機械制工場による技術革新によって社会が大きく変わった時期でした。

1760年とは、ハーグリーヴスというイギリスの発明家が、ジェニー紡績機を作った時期です。紡績機とは、糸を紡ぐための機会です。このジェニー紡績機の何がすごいかというと、これまでは糸を一本紡ぐのに三人の人手が必要で、それにも長い時間がかかっていました。しかし、この紡績機は一人の人手で、6~8本もの糸を一瞬で紡げる優れものでした。

また、1781年にけるワットという発明家による蒸気機関の改良も産業革命に大きな影響を与えました。ワットは工場の機械を動かす動力として、新たに「蒸気」という動力を実用化しました。彼によって、風力・水力・畜力・人力と言った農業社会段階の動力源に変わる物を発明したのです。これによって、安定した動力を得たことが産業革命の進展にさらに繋がりました。

他にも多くの発明がありましたが、このような「効率化」による産業革命が、近代的な社会を作り上げて行きました。

産業が発展するということは、人々の生活がより豊かになるということです。これまで、10日かけないと作れなかった服が1日で作れるようになり、人々は無駄な仕事をしなくて済むようになりました。これらは、貨幣経済を発展させ、資本主義社会の進展を進めたのです。

これが、まさに近世から近代への移行の期間といえましょう。

 

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日本の近代化と明治維新

例えば、日本史においては明治維新(1853~1867)から第二次世界大戦の終結(1945)までと捉えることが多いです。

明治維新を期に、日本は封建社会を打破し、近現代的な資本主義的な制度へと移行して行きます。

明治維新とは

徳川幕藩体制崩壊から明治新政府による中央集権的統一国家成立と資本主義化の出発点となった一連の政治的・社会的変革

大辞林

明治以前の、日本の統治体制は江戸幕府による将軍統治が行われていました。江戸時代における日本の統治制度は幕藩体制という幕府という中央政府があり、全国で200以上の藩という独自コミュニティによる自治が行われていました。幕府という中央政府はあるものの、当時の藩の独立性は高く、それぞれの藩が独立国家のような状態になっていました。この統治体制はまさに君主による統治を指す封建制度そのものでした。このような体制が変わったのが明治維新です。

1867年の徳川慶喜による「大政奉還」により、朝廷に権力を返上し、王政復古の大号令により徳川家の200年続いた政権は終わりを告げました。

明治維新と近代化

そもそも明治維新は、1858年に結ばれた日米修好通商条約という不平等条約を改正しなければならないといいう動機付けの下、欧米列強と並ぶための国になるための国家改革運動でした。

この有名な、①関税自主権がない②領事裁判権が認められないという二つの不平等条約を改正するために、欧米諸国から日本に求められたのは、我々と対等な国となれ、つまりは近代化を成し遂げることができたら、撤廃しよう、という条件があったのです。日本は、この不平等条約を改正するために国力をつけるべく近代化を強いられたわけです。

日本の近代化政策

日本は、国力を付けていくために「富国強兵」政策を行いました。

富国強兵政策には、小学校教育の整備(学制)、徴兵制、税制改革(地租改正)、殖産興業の推進という4つの具体的な政策がありました。この中でも特に日本の近代化を押し進めたのは殖産興業政策でした。この殖産興業政策が日本の資本主義システムを確固たるものにして行ったのです。

日本の殖産興業政策の内容としては、例えば幕府や諸藩の持っていた鉱山や工場を政府主導で一気に押し進めるために、官営事業(政府による事業)に転換し、欧米から機会、設備を輸入し、外国人技師の指導の元で、産業化を押し進めました。

近代化は欧米化なのか

このように欧米の持っていた技術を導入したために、日本の近代化は欧米化であるとしばしば言われます。確かに、産業化を進めるために、欧米の進んだ技術制度や資本主義制度を進めて行った点では西欧化と相違ないかもしれません。

しかし、その発展の過程では、西欧の技術と日本の技術が融合し、独自の発展を成し遂げました。

例えば、2014年に世界遺産として登録された富岡製糸場は、日本の製糸技術とフランスの機会製糸技術を融合させた製糸システムにより日本の近代化を支えました。そして、この富岡製糸場の糸は西でも高く評価されました。このように、西欧の技術と日本の技術が合わさった事例も多くあることから、西欧化と近代化は必ずしもイコールではありません。

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社会主義体制への移行は近代化か

最後に、社会主義体制への移行は近代化と見なすことはできるのかという問について考察します。近代化とは、産業化をさし、一般的にはそれが封建社会の打破に繋がり、資本主義社会への移行になります。一方で、中国やロシア、ベトナムといった国々は社会主義体制であり、産業化は成し遂げているものの資本主義体制ではありません。このような国々は近代化したと言えるのでしょうか。

百度という中国のgoogleのような検索サービスで、近代化について調べてみると、こちらの辞書のサイトには、近代化について以下のような記述があります。

近代化とは、伝統的な農業社会から、産業社会への移行をさし、工業化を実現することである。

https://wiki.mbalib.com/wiki/%E7%8E%B0%E4%BB%A3%E5%8C%96

日本の辞書においては、近代化の概念として、資本主義化や民主化を掲げていますが、中国での捉え方としては、産業化という点にのみ焦点をおいています。確かに、産業化という意味では中国は近代化していると言えるでしょう。

さらに、中国の近代化については

“中国の近代化は社会主義の近代化である”とあります。つまり、西欧は資本主義社会の確立という方法によって近代化を成し遂げましたが、中国は社会主義という国家による経済システムの確立によって産業化した社会を成し遂げたという点で、資本主義諸国とは異なる形で近代化した、と言えるでしょう。

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